準備してから動く人、動きながら考える人――人生後半は、未完成の想いを口にしてみる

何か新しいことを始めようとするとき、人には大きく二つのタイプがあるように思います。

一つは、情報を集め、計画を立て、必要なものをそろえ、ある程度成功の仮説が出来てから動く人です。もう一つは、とりあえずできるところから始めて、やりながら考える人です。

もちろん、どちらが良い悪いという話ではありません。

準備をしてから動く人には、失敗を避けたいという心理があります。お金を失いたくない、人に迷惑をかけたくない、信用を失いたくない。だから不確実なものをできるだけ減らしてから始めようとします。

一方、先に動く人は、失敗をそれほど決定的なものと考えません。やってみて違ったら変えればいい。失敗も一つの情報だと考えます。

どちらを選ぶかは「何を始めるのか」で決めればよい

たとえば、多額の借金をして店舗を開く、大勢を雇用する、大きな設備投資をするといった新規事業なら、当然、十分な準備が必要です。一度始めれば簡単には元に戻れません。失敗したときの損失も大きい。

反対に、ホームページを作る、小さなサービスを試す、地域で集まりを一回開いてみる、文章を書いて発信する。このようなことなら、最初から完成形を作る必要はありません。

むしろ、小さく始めて、反応を見ながら変えた方がうまくいく場合も多いと思います。

判断の基準は意外と単純で、失敗したときに元へ戻れるかどうかです。

戻りにくいことには慎重になる。戻れることなら、小さく試す。

ところが、人生後半、地域で何かやりたいというときに別の課題が出てきます。

特に長く会社員として働いてきた男性を見ていると、何かを始める前に「完成形を作ろうとする」傾向があるように感じます。

目的は何か。
予算はいくらか。
誰が責任者か。
どういう組織にするか。
年間計画はどうするか。
何人集めるのか。

それがある程度決まってから、人に説明しようとします。

これは会社では、とても正しいやり方だったのでしょう。

会社で上司に「こんなことをやりたいんです」とだけ言っても、「それで、予算は」「収支は」「誰がやるのか」と聞かれます。企画書を作り、数字を出し、関係部署と調整してから初めて動き始める。長く会社で働けば、それが物事の進め方として身体に染み込んでいきます。

問題は、そのやり方を地域活動にもそのまま持ち込んでしまうことです。

地域には、会社のような指揮命令系統がない

上司も部下もいません。予算も十分ではありません。誰かが指示を出せば、全員が同じ方向を向くわけでもありません。

それなのに、最初から完成した計画を作ろうとすると、動けなくなります。

「参加者が何人集まるか分からない」
「場所がまだ決まっていない」
「一緒にやる人がいない」
「続けられるか分からない」

考えれば考えるほど、決まっていないことばかりです。

そこで、「もう少し準備してから」ということになります。

半年たっても準備中。
一年たっても検討中。

本人は慎重に準備しているつもりでも、実際には何も始まらないということがあります。

ところが地域では、まったく逆のことが起きることがあります。

まだ何も決まっていないのに、

「こういうことをやってみたいんですよね」

と誰かに話してみる。

すると、

「それなら、あの人に聞いてみたら」
「似たことをやっている団体がありますよ」
「場所なら使えるかもしれません」
「私も月一回くらいなら手伝えますよ」

と、人や情報が集まってくることがあります。

これは会社の仕事とかなり違います。

会社では、ある程度完成したものを人に見せます。

しかし地域では、未完成のものを人に見せることによって、完成させるための材料が集まってくるのです。

ここが、特に男性には少し難しいところなのかもしれません。

完成していないものを話すことに抵抗があります。

「まだ何も決まっていないのに、口にしていいのか」
「できなかったら格好が悪い」
「言った以上は責任を取らなければいけない」

そんな感覚があります。

だから、ある程度形になってから発表しようとする。

けれども、地域ではその「未完成さ」が、かえって人を参加しやすくすることがあります。

すべて決まった企画を持ってきて、

「こういう活動をします。あなたはここを担当してください」

と言われれば、相手は参加者か不参加者かの二択になります。

ところが、

「こんなことができたらいいと思っているんですが、どう思いますか」

と話せば、相手にも入る余地があります。

「それなら、こうした方がいい」
「私はそこなら手伝える」
「それは難しいけれど、別の方法ならできる」

完成していないからこそ、人が関われるのです。

考えてみれば、これは「人に助けてもらう」ということでもあります。

会社では、自分の担当の仕事をきちんと仕上げることが評価されます。しかし地域では、自分一人で完成させようとすると、かえって苦しくなることがあります。

誰かに聞く。
誰かに教えてもらう。
誰かを紹介してもらう。

そうやって、少しずつ形になっていく。

人生後半では、こういう進め方を覚えてもいいのではないかと思います。

特に定年後は、時間の感覚も変わります。

「もう少し勉強してから」
「来年になったら」
「十分準備できたら」

そう考えているうちに、数年は簡単に過ぎます。

曖昧でも、その一言を誰かに話してみる

大きなお金を使うなら慎重に考える。
人の生活に大きな影響を与えるなら準備する。
一度始めたら簡単に撤退できないことなら、十分検討する。

でも、そうでないなら、最初の一歩はもっと小さくてもいい。

まず誰か一人に話してみる。

一回だけやってみる。

五人だけ集めてみる。

ホームページを一ページだけ作ってみる。

そして反応を見る。

うまくいかなければやめればいいし、少し変えてもう一度やってもいい。

そう考えると、準備の意味も変わってきます。

準備とは、失敗しない状態を作ることではなく、失敗しても大丈夫な大きさにしておくことなのかもしれません。

人生後半に何かを始めるとき、完成した計画を持っている必要はありません。

「こんなことをやってみたいんですよね」

まだ曖昧でも、その一言を誰かに話してみる。

すると、自分一人では思いつかなかった人や情報が集まってくることがあります。

会社では、完成させてから人に見せてきた。

これからは、ときには未完成のまま人に見せてみる。

その余白に誰かが入ってきて、思ってもみなかった形に育っていく。

人生後半の活動というのは、案外、そんな始まり方でもいいのではないかと思っています。

筆者:正木隆雄のプロフィール

2003年 35歳のときに、定年退職者が地域で活動することを目的としたNPOの理事就任(現職)
43歳のときに不動産業で独立開業
現在、不動産業とともに遺言・相続・終活専門の行政書士業を行い、地域の高齢者へ無料相談、セミナー開催を行っている。
今後は、地域の仲間×行政書士の仲間とともに単身高齢者の支援を行う計画である。

筆者:正木隆雄のプロフィール

2003年 35歳のときに、定年退職者が地域で活動することを目的としたNPOの理事就任(現職)
43歳のときに不動産業で独立開業
現在、不動産業とともに遺言・相続・終活専門の行政書士業を行い、地域の高齢者へ無料相談、セミナー開催を行っている。
今後は、地域の仲間×行政書士の仲間とともに単身高齢者の支援を行う計画である。

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