定年後の地域デビューは、頑張りすぎないほうがいい――老荘思想から考える地域との付き合い方

定年を迎えた男性に、「これからは地域に出たほうがいい」と勧める話をよく耳にします。
最近は50歳を超えたくらいの人の地域活動もチラホラ散見されるようになりました。

会社一筋で働いてきた人ほど、退職すると人とのつながりが急に少なくなる。だから町内会やNPO、ボランティアなどに参加して、新しい居場所をつくったほうがいい。

たしかに、その通りだと思います。

ただ、私は35歳の時、2002年から、定年退職者を中心に活動するNPOの理事を務めてきました。その経験から感じるのは、男性の「地域デビュー」は、言われるほど簡単ではないということです。

地域活動に参加すること自体は難しくありません。

難しいのは、その中でどう振る舞うかです。

会社で長く働いてきた経験が、地域では大きな力になることもあります。一方、その経験をそのまま持ち込むと、周囲とうまくいかなくなることもあります。

このあたりに、老子や荘子の考え方が少し役に立つのではないかと、最近感じています。

著者:正木隆雄

会社で身につけたものは、地域でも役に立つ

定年後に地域活動へ参加するとき、「会社時代のことは忘れたほうがいい」と言われることがあります。

私は、必ずしもそうとは思いません。

肩書を振りかざす必要はありませんが、会社員として何十年も働いてきた中で身につけた経験や技術まで捨ててしまう必要はないでしょう。

大切なのは、経験を小さく分解してみることではないでしょうか。

たとえば、私はNPO活動の中でホームページを作ったり、行政書類作成に関わったりしてきました。

会社では当たり前のようにやっていたことでも、地域活動では意外とできる人がいません。

パソコンが使える。

文章を書くことができる。

会計が分かる。

写真を撮れる。

チラシを作れる。

会議の記録をまとめられる。

人前で説明できる。

会社員生活の中で身につけたものを、このくらいまで細かく分けて考えてみると、地域の中で役立つことはたくさんあります。

しかも、

「ホームページなら私が作りますよ」

「会計なら少し手伝えます」

という入り方なら、比較的すんなり受け入れてもらえます。

自分の得意なことを少し差し出す。

これは、老子のいう「水」の姿にも少し似ているように思います。

水は自分の形を主張せず、入れ物に合わせて姿を変えます。

地域活動でも、

「私は何者になるか」

と考えるより、

「ここでは何が必要なのだろう」

と考えるほうが、自然に居場所ができるような気がします。

難しくなるのは「組織を変えよう」としたとき

ところが、活動に慣れてくると、もう一歩踏み込みたくなります。

「この組織はもっとこうしたほうがいい」

「活動方針を変えたほうがいい」

「このやり方では効率が悪い」

こう思うことがあります。

私自身にも経験があります。

会社では、改善提案をすることは決して悪いことではありません。

むしろ、問題を発見して改善することが仕事だった人も多いでしょう。

ところが、地域社会では少し事情が違います。

会社には組織図があります。

社長がいて、部長がいて、課長がいる。

決定された方針について、多少の不満があっても、基本的には組織として同じ方向へ進みます。

しかし、地域活動には命令系統がありません。

町内会でも、NPOでも、ボランティアでも、基本的には一人ひとりが自分の意思で参加しています。

給料をもらっているわけでもありません。

「なぜ、あなたにそんなことを言われなければならないのか」

と言われれば、それまでです。

ここを会社と同じように考えると、だんだん苦しくなります。

正しいことを言っているのに人が動かない。

効率のよいやり方を提案しているのに受け入れてもらえない。

そのうち、

「どうして分かってもらえないのだろう」

という気持ちになります。

場合によっては、地域をよくしようと一生懸命になるほど周囲との摩擦が増えてしまいます。

私は、地域活動に熱心に取り組むあまり、人間関係に悩み、心身の調子まで崩してしまう人も見てきました。

善意から始めた活動なのに、本人が苦しくなってしまう。

これは、とても残念なことです。

「正しい方向へ動かす」ことを少し手放してみる

老子には「無為自然」という考え方があります。

何もしないという意味ではなく、無理に物事を動かそうとしない、という考え方だと私は受け止めています。

地域活動にも、これはよく当てはまるように思います。

人を変えようとしない。

組織を急いで変えようとしない。

自分が正しいと思う方向へ、みんなを連れていこうとしない。

もちろん、意見を言ってはいけないということではありません。

ただ、

「こうすべきだ」

ではなく、

「こういうやり方もあるのではないでしょうか」

くらいの置き方をする。

その意見が採用されなければ、それはそれでいい。

そんな距離の取り方もあっていいと思います。

若いころであれば、自分の力で組織を動かし、成果を出すことに意味があったかもしれません。

しかし、地域活動まで同じように背負う必要はないでしょう。

むしろ、

「自分のできる範囲だけやる」

くらいがちょうどよいのではないでしょうか。

地域では「役職」より「役割」を探す

定年後の男性が地域に入るとき、私は「役職」を求めるより、「役割」を探すほうが楽なのではないかと思っています。

会長になる。

理事になる。

責任者になる。

もちろん、それが必要な場面もあります。

しかし、それより先に、

「何か困っていることはありませんか」

と周囲を見てみる。

ホームページを直す人がいないなら直す。

会計をする人がいないなら手伝う。

イベントの写真を撮る人がいなければ撮る。

椅子を並べる人が足りなければ椅子を並べる。

こうした小さな役割には、上下関係がありません。

しかも不思議なことに、そういうことを続けていると、いつの間にか地域の中に自分の居場所ができてきます。

これは、以前このコラムで書いた「役割」という考え方にもつながります。

シニア期の役割は、一つでなくてもいい。

その場その場で変わっていい。

今日はホームページを作る人。

別の日には会計を手伝う人。

ある場所では専門知識を提供する人。

別の場所ではただ話を聞く人。

水が器によって形を変えるように、その場に合わせて役割を変えていけばよいのだと思います。

頑張らないことも、地域活動を続ける知恵

定年後は時間があります。

だからこそ、地域活動にはまり込み過ぎることがあります。

「自分がやらなければ」

と思い始めると、仕事をしていたころより忙しくなってしまう人さえいます。

けれども、地域活動は本来、人生を豊かにするためのものではないでしょうか。

地域活動のために人生が苦しくなってしまっては、本末転倒です。

疲れたら休む。

嫌なことは引き受けない。

意見が違えば、無理に説得しない。

自分がいなくても活動が続くようにする。

そして、ときには黙っている。

老子の思想には、前へ前へと出ることだけを価値としない考え方があります。

これは、会社人生を長く送ってきた男性にとって、意外に難しいことかもしれません。

成果を出す。

責任を果たす。

組織を改善する。

人を動かす。

そういうことを何十年も求められてきたからです。

だから定年後くらいは、

「全部を背負わなくてもいい」

と思ってもよいのではないでしょうか。

地域デビューとは、新しい自分になることではない

「定年後は地域デビューをしましょう」

という言葉を聞くと、新しいことを始めなければならないような気がします。

しかし私は、そんなに大げさに考えなくてもよいと思っています。

これまでやってきたことを細かく分けて、その一部を地域に差し出してみる。

それだけでも十分です。

会社員時代の経験を全部持ち込むのではありません。

経験の中から、今いる場所で役立つものだけを取り出す。

そして、自分の考えを周囲に押しつけない。

人を動かそうとし過ぎない。

頼まれたらできることをする。

疲れたら離れる。

また必要になったら戻る。

そのくらい柔らかな付き合い方のほうが、長く続くように思います。

老荘思想が教えてくれるのは、「どうすれば地域活動で成功できるか」ではないのかもしれません。

むしろ、

「成功しようとし過ぎなくてもいい」

ということではないでしょうか。

地域の中で大きな存在になる必要はありません。

自分のできることが、誰かのちょっとした役に立つ。

その結果として、いつの間にか自分にも居場所ができている。

定年後の地域との付き合い方は、そのくらい自然なものでもよいのではないか。

25年近く地域活動に関わってきて、私は最近そんなふうに思っています。


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プロフィール
行政書士 正木隆雄
正木隆雄

埼玉県朝霞市を拠点に、遺言作成、相続手続き、終活といった個人の暮らしに関わるご相談に対応しています。お客様一人ひとりの状況に寄り添い、丁寧かつきめ細やかなサポートをお約束いたします。

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